2012年7月17日火曜日

エムゼロEX 11

第十一話  伊勢聡史vs巴ツインズ


執行部に黒髪ロングの男子がいるということなど観月は知らなかった。しかも九澄と同じC組。顔を見たことぐらいはあるはずだが、よほど影が薄いのか、単に観月が九澄しか見ていなかっただけか。多分両方だろう。二人は氷川に仲介してもらい学校の図書室で落ち合った。その男子は暗い雰囲気ながら人畜無害な印象を受けたので観月はほっと胸をなでおろした。もし小石川のような粗暴な男だったら即座に立ち去っていたところだ。

「九澄のことで話があるんだって?」

「うん……その……すごくおかしな話なんだけど……単なる妄想と思われるかもしれないけど……聞いてほしいの。そして出来れば意見を聞かせてほしい。もちろん誰にもこのことを喋らないって約束で」

その男子、影沼次郎はしばらく考えてからこう切り出した。

「それって九澄が魔法を使いたがらないことと関係があるの?」

「どうしてわかったの!?」

観月は思わずガタンと立ち上がった。影沼は目を丸くしたが、口を手で覆って話を再開する。

「僕もそのことについては考えていたんだ。九澄の強さの秘密が知りたくて……彼を観察していたらふと気がついた。彼は滅多に魔法を使わない……。九澄が魔法の濫用を嫌っているのは誰でも知っている。だけど身近で観察すればするほど、少しずつだけど確実に、不自然に思えてきた……」

影沼は慎重に言葉を選んでいるようだった。少し目を泳がせてから核心に触れる。

「もしかしたら彼は魔法を使わないのではなく、使えない理由があるのかもしれない」

観月はゴクリとつばを飲み込んだ。自分と同じ考えに至った人間が存在したことが、驚きであると同時に安堵の気持ちもあった。少なくとも自分だけがイカれているというわけではないのだ。

――その時影沼は話を続けながら机の下で携帯を操作していた。観月がそれに気付くことはなかった。

「だけどこの仮説には致命的な欠陥があるんだ。彼は現に魔法を使ったことがある。僕や他のクラスメイトの目の前で。この事実はどうしたって動かせないものだ。『使える』のに『使えない』、そんなことが果たしてあり得るものだろうか。僕にはこの矛盾を解く鮮やかなアイディアなんてない。だけど一つ考えていることがある。それは彼のゴールドプレートは完全なものではなく何らかの制限があるのではないか? ということなんだ。例えば一日一度しか使えない。例えばMPが非常に少ない。例えば特定の条件を満たした時にしか発動しない……。一年生である彼にゴールドプレートを与えるなら、むしろそうした制約がある方が自然ではないかと僕は考えた」

観月は知らないが、影沼にとってこれは一日の平均会話量に匹敵するほどの長文である。しかし彼女はそんな事よりも話の内容に引き込まれた。自分では至らなかった考察を含んでいるのだから無理もない。そして同時に影沼が持たない情報を観月は持っていた。

「あの……その『特定の条件』について、ひとつ考えがあるの。それについてどう思うか聞かせて欲しい」

観月は一文一文頭を整理しながらゆっくりと話し始めた。


####


校舎の屋上は魔法バトルのメッカである。もちろん校則では禁止行為と定められているが、揉め事を力で解決するならこの場所というのが聖凪高校に古くから伝わる伝統なのだ。その場所で伊勢聡史は巴ツインズと対峙していたが、彼の視線は双子の後ろでイヤフォンに気を取られている望月悠理に向いていた。

「……おいこら、これから決闘だってのに、一体何聞いてんだてめーは」

「えーっ、あたしが戦うわけじゃないんだし、別にいいじゃない。これからいい所なんだけどな」

「下らねーこと言ってんじゃねえ。まともに観戦する気がないならとっとと失せろ」

望月はやれやれと肩をすくめてイヤフォンを外しポケットに仕舞った。それから前方の双子に目配せする。

「ルールは……まあなんでもいいか。あんまり大怪我させないようにしてね」

「うん」「わかった」

双子が同時にうなずく。伊勢はまたしてもイラッとしたが、腹の中は既に冷静だった。伊達に場数を踏んではいない。

「もう始まってるんだよな」

伊勢はポケットからアクセサリーのシルバーチェインを出し、それを巨大化した。伊勢の最も得意とする魔法、入学当初からの十八番、それが物体強化魔法を施した鎖による攻撃である。通常、物体強化魔法は対象物を限定しないが、それに対する愛着や馴染みが強い物ほど効果は大きくなる。津川のスケボーがわかりやすい例だ。伊勢にとって、中学時代から愛用しているシルバーチェインはまさにうってつけの武器だった。

(だがここまでは従来通り……ここからが対九澄用スペシャルだ!)

巨大化した鎖がみるみる形状を変えていく。それはあたかも樹木の成長を数秒に圧縮しているかのような急激な変化だった。瞬く間に鎖は四本に枝分かれしそれぞれが独自の意思を持つかのように動き出す。

(四つ首の龍〈フォーヘッズドラゴン〉、それがこの技に俺が与えた名!! 竜の首に見立てたそれぞれの鎖を自在に操り、あらゆる角度から同時に攻撃する!! 九澄は謎の防御魔法によって魔法を消去する! だがこの技は予測不能!! 反応不能!! 全方位から襲い来る四本の首を同時に消すことなどできやしねえ!!! そして一方でこの魔法は対複数戦においても最高の武器!!)

伊勢は左右の腕を交差する形に振り下ろす。四本の鎖が弾かれたように一斉に飛び出し巴ツインズに襲いかかる。双子はギリギリのタイミングでそれぞれ左右に跳びそれらを躱す。

「甘え!!!」

鎖は二本づつに分かれ双子に迫る。双子は二人同時に魔法プレートを構えた。何らかの防御魔法を使おうとしているのだ。

「そんな小細工は通用しねーぞ!!」

鎖の先端部は直径一メートルはある金属の塊だ。まともに食らえば悶絶と打撲は免れない。並外れた頑丈さを誇る九澄でさえ一撃で大ダメージを負ったのだ。だが巴♂はその鎖が目前に迫った瞬間、薄く微笑んだ。

ガキンという大きな衝突音。伊勢の耳が痛む。だがそれ以上に目の前の光景に伊勢は目を見開いた。
防がれている。
二首の龍は巴♂の魔法シールドによって完全に弾かれていた。伊勢は咄嗟に逆方向に目を向ける。全く同じ現象。巴♀の目の前でヒビの入った鎖が舞っていた。

「凄い凄い」「だけどこの程度じゃあ」「僕達の防御は」「破れない」

(馬鹿な……!!)

四本が二本になったところでそのパワーは並の二年生レベルの全力を凌駕する。それを単なる魔法シールドで完璧に弾くなど。相手の魔法力の方が上ならともかく、二人共プレートの格ははっきりと伊勢より下なのだ。だが伊勢は、その時双子のプレートが微かに見慣れない光を放っていたことに気付かなかった。

(くっ……そんなはずはねえ!!)

伊勢は手を掲げて鎖を呼び戻す。四本の鎖は伊勢の頭上でらせん状に高速回転し、融合、一本の巨大な鎖に変化する。

(四本同時に操るのはまだ訓練不足だったか? 気付かねーうちに一つ一つのパワーが計算より落ちていたのかもしれねーな……この際フルパワーの一撃で一人ずつ叩き潰してやる!!)

鎖の先端は二メートルを越す金属球に変化する。生身で食らえば即死しかねない程の強大なパワーがそこには宿っていた。それは伊勢が腕を振り下ろすと同時に大砲のような勢いで巴♂に迫る。
巴♂は避けようとはしなかった。両手を前に突き出し、その前方にプレートを浮かせる。明らかに防御魔法で真向から受け止める構えだ。失敗すればただの怪我ではすまない。

(正気か!? パワーの違いぐらいわかってんだろう!?)

伊勢は勢いを弱める気はなかった。それがバトル。たとえ負けて重体になったとしてもそれは弱い者の責任。
鎖の先端と巴♂のプレートが衝突する。耳を裂かんばかりの轟音。
その直後伊勢が見た物は、制御を失って無残に宙を舞う己の武器の成れの果て。

(馬鹿……な……)

(俺の全力の一撃が……)

(二年かけて磨き上げた……俺の最強の技が……)

伊勢が茫然自失となっていたのはほんの一瞬だった。
なぜなら伊勢の背中を、鋭い激痛が襲ったからだ。苦痛に顔を歪めながらなんとか後ろを向いた伊勢が見た物は、巴♀の小憎らしい微笑。隙だらけだった伊勢の背中には魔法で強化されたボールペンが刺さっていた。

「後ろが」「がら空きだよ」

「う……うおおおおおおっ!!!」

伊勢は鎖のコントロールを取り戻し、全力で振り回す。ヒビ割れたとはいえまだ大きなパワーを持つそれを、しかし巴♀もまた簡単に弾いてしまう。同時に再び背中への衝撃。伊勢はバランスを崩し膝をつく。

(俺が……こんな奴らにいい様にあしらわれているってのかよ!!)

まだ新しい魔法を使うだけのMPは残っている。だが伊勢の精神は既に冷静さを失っていた。通用しない。パワーで自分より劣るはずの相手に、戦術以前の力勝負で負けている。その事実はあまりに深刻だった。
ツインズが同時に遠距離攻撃魔法を放つ。複数の角度から襲い来る防御不能の攻撃。伊勢がやろうとしていたことを今相手にやられていた。伊勢は地面を転がりかろうじてそれらを躱す。更になんとか不利な立ち位置から逃れようとするが、ツインズは正確に伊勢を挟み撃ちにするポジションを保ちつつ攻撃を続ける。フェイントと、死角からの本命攻撃。あるいはフェイントと見せかけての正面攻撃。すべての行動が滑らかに繋がる合理的な組み立て。明らかに連携戦闘の訓練を積んだ動きだ。そのような相手に対して伊勢は対処のための知識も経験も持たない。聖凪の授業において魔法による連携を専門的に学習することはないのだ。

(こいつら……なんのサインもなしに完璧なチームプレイをやりやがる。今までに俺が倒してきた相手とはコンビネーションの練度が全く違う!)

鎖を体の周囲で回転させ、動的な盾のように使い致命傷を防ぐ伊勢だったが、体のあちこちに浅い生傷が刻み込まれていく。誰の目にもジリ貧は明らかだった。その様子を眺める望月は楽しそうに目を細める。

(ふふ……双子ならではの完璧なコンビプレイ、それだけでもあの二人は厄介極まりない……。だけど彼らの強さにはもうひとつ"からくり"がある……。プレートのレベル差を埋め合わせて余りあるその"からくり"がわからない限り……あなたに勝ち目はないわよ、伊勢くん)

追い詰められた伊勢の、それでも恐怖を押し込め闘争心を絞り出そうとする必死の表情を見て望月はゾクゾクとした嗜虐心を覚えた。

(ああ……こんな事ならあたしが傷めつけてあげれば良かった……ねえ伊勢くん、それで終わり? 違うでしょう、伊勢くん?)

(クソッタレ、このままじゃ……ここで、こんな所で負けるっていうのかよ!?)

「負けられねえ……!」

痛みで力が抜けそうになった脚に活を入れ、踏み込む。睨みつける相手は余裕綽々の巴♂。再び鎖に限界近い魔法力を注ぎ込み、振りかぶる。

「ブッ!! コロ!!! ス!!!!」

咆哮。鎖を、投げる。
刹那、伊勢の両足が重力を失う。伊勢が思い切り踏み込んだその瞬間を狙って、巴♀が背後から脚を払ったのだ。武器は魔法によって強化延長されたスカーフ。完璧な不意打ち、伊勢は受け身を取ることもできず豪快に転ぶ。

「これで」「決まりだね」

双子が同時に上空へと小石を投げる。2つの小石は伊勢の真上で巨大化し、真っ直ぐに落下していく。

「クソッ……タレ……」

   (もう間に合わない)
               (下敷き)
       (敗北)
 (惨めに)
          (負け)

暗転。

ズズンという重い轟音が響き、静寂が戻ると共に双子が戦闘状態を解いた。完全なる勝利。このあと必要なのは伊勢の治療だけ。
だが望月は双子とは違う場所を向いていた。

その視線の先で、一人の男が肩に一人の男を抱えていた。

「ケッ……てめーに助けられるたァ人生最悪の一日だぜ……」

伊勢がぼやいた。伊勢を抱えるは長髪にバンダナ姿の優男。

「相変わらずだなお前は……礼ぐらいはちゃんと言え」

永井龍堂。
伊勢聡史のかつての仲間にして現ライバル。そして魔法執行部支部長を勤める男がそこにいた。永井は真っ直ぐに望月を見据える。

「"これ"は明白な校則違反だ……生徒会長であっても例外ではない。わかっているよな」

望月は少しもたじろがずにクスリと笑う。

「そうね……とっ捕まえてみる?」

「そうさせてもらう」

「そうは」「いかない」

双子が立ち塞がる。

「……っておい永井。とっとと降ろしやがれ」

そう言うと伊勢は永井を自分で振りほどいた。永井は伊勢を心配そうに見やる。一つ一つの怪我は深くないが、痛々しいほど多数の傷が体のあちこちに残っていたのだ。

「怪我は大丈夫なのか?」

「こんなもん全然大したことねーよ。だいたい何だてめー、俺がこんだけ苦戦した相手に一人で勝つつもりかオイ!」

「……それが支部長としての俺の勤めだ」

伊勢の血管がピクピクと浮き立つ。

「そういうスカした態度が気に入らねーつってんだよ俺は!!」

伊勢は永井の襟を掴みまくし立てた。永井は眉間にシワを寄せ苦々しい表情で伊勢から目を逸らす。

「……お前はそれでいいのか?」

「あァ?」

「前に言ったはずだ……お前はまだ執行部の一員だと。それがまたこんな所で喧嘩をして……いつまで一人で突っ張っているんだ」

「…………!!」

「俺は……俺の任務を果たす。それがどんなに困難であろうとも……それが俺の仕事であり、俺の誇りだ」

永井は伊勢に背を向け、双子と望月を見据え一歩前に踏み出した。その背中にかつての、実力に見合わずいつも自信無さげに振舞っていた頃の面影はない。

「だがお前がそれを理解できないというのなら……大人しく退がっていろ」

「……待てよオイ!!」

伊勢が永井の肩を掴んだ。

「いつもいつもそうやって格好つけて一人で背負い込みやがって……! 俺が一番気に入らねーのはあのクソ女なんかじゃねー! てめーなんだよ!」

伊勢の唇はわずかに震えていた。言いたいことは腐るほどある。だが言葉にならなかった。唯一つ、今言うべきことがあった。

「今回だけだ……! 今回だけはてめーに手を貸してやる!」

「ああ……そうしてくれると助かる」

永井は安心したようにつぶやく。

「ケッ……」

伊勢は肩を掴んでいた手を放り出し、ポケットに両手を突っ込んで永井の横に踏み出た。
永井龍堂と伊勢聡史、二年生最強と謳われる二人が並び立つ。かつて一年生の間で無敵コンビと呼ばれたデュオの一年ぶりの復活劇。事情を知る者なら何かを感じずにはいられない光景だ。
いつしか伊勢の体からは疲労とダメージが消え去っていた。ただ怒りと闘志だけがみなぎる。永井もまた、これまでになく血が滾るのを感じていた。

「秒殺で行くぞ!!」

伊勢が叫んだ。

「おう!!」

永井が応えた。
双子は微笑を崩さないが、その頬に冷や汗が流れる。

第二ラウンド、伊勢聡史・永井龍堂vs巴ツインズ、開幕。

0 件のコメント:

コメントを投稿