2012年6月5日火曜日

インフィニット・裏ムエタイ

~クラスメイトは全員女? 難しいことはぶっ殺してから考えるよ!~ 


女性しか操ることのできない超ハイテクスーツ、インフィニット・ストラトス〈IS〉。
それを男性が初めて動かしたというニュースは全世界に響き渡り、瞬く間にその少年のIS学園入学が決定した。
その始業初日、彼が編入された一年一組の女子生徒達の視線は、最前列中央席に座るただ一人の男子に一斉に注がれた。

褐色の巨体。制服がはちきれそうな極太の筋肉。それらと不釣り合いな緊張感のない温和な顔立ち。
一度見たら忘れられないその男子は自己紹介の一番手だった。
「アパ! アパチャイ・ホパチャイだよ! みんなよろしくだよ!」
太陽のような燦々としたオーラを出しながらアパチャイは元気に挨拶し、着席した。
「え……えっと……それだけですか……?」
副担任の山田先生がオロオロしながらアパチャイに訪ねる。
「そうよ! これだけだよ!」
カラッと答える褐色の大男。
山田先生はいよいよ涙目になってしまう。

と、その瞬間教室中に乾いた打撃音が特大の音量で響き渡った。
黒スーツに身を包んだ精悍な女性が、ヒールを履いたままアパチャイの大腿部に強烈な蹴りを浴びせたのだ。
「挨拶もまともに出来んのか、お前は」
「アパ! 千冬姉!」
アパチャイは変わらぬ陽気な笑顔でその女性に応える。
蹴られたことなどまるで気付いていないかのようだ。
「学校では織斑先生と呼べ、馬鹿者」
「わかったよ千冬姉!」
「もういい……」
世界最強のISパイロットにしてIS学園の鬼教官、さしもの織斑千冬も呆れ顔で溜息をつく。

「もしかしてアパチャイ君って千冬様の弟?」
「だから男なのにISを動かせるの?」
クラスの女子たちが口々に話しだす。
「静かに!!!」
千冬はその喧騒を一括して黙らせた。
その後千冬は自らをこの学級の担任であると自己紹介し、女子生徒達の黄色い歓声に頭を抱えた後、基本説明を山田先生に任せ去って行った。

ホームルーム終了後、クラスの外の廊下はアパチャイを一目見ようとする他クラスの生徒でごった返していた。
皆アパチャイを見て口々に大きいだの可愛いだの感想を口にする。
当のアパチャイが机の木目を数えていると、腰まで届く長い黒髪が特徴的な女子生徒が話しかけてきた。
「アパチャイ、ちょっといいか?」
アパチャイの退屈そうな表情がパッと明るくなる。
「箒! もちろんよ!」



篠ノ之箒、一年一組。六年ぶりに再開したアパチャイの幼馴染だ。
箒は人目を避けるようにアパチャイを屋上にまで連れてきたが、何やら話のきっかけが掴めないようでいた。
そんな雰囲気を読んでか読まずか、アパチャイが口を開く。
「そういえば箒、剣道の全国大会で優勝したって聞いたよ!」
「知っているのか!?」
「小鳥さん達がそう言ってたよ」
「そうか……」
箒の頬がほのかに朱に染まる。

「箒ってすぐにわかったよ。全然変わってないよ」
「そ、そうかな……」
箒が目を逸らす。
「アパチャイは変わったな……すごく大きく、たくましくなった……」
箒は目の前の幼馴染を見上げる。
六年前はごく普通の小学生だったのに、今では二メートルを越す体躯に鋼の筋肉を備えている。
動物に好かれる優しい笑顔がなければとてもアパチャイとは気付かなかっただろう。
ちょっとセンチな雰囲気が流れたが、チャイムが鳴ったので教室に戻ることになった。



次の授業では対抗戦に出るためのクラス代表を決めるという話になった。
誰か出たい奴はいるかという千冬の問いに「私はアパチャイくんを推薦します!」と女子の声が上がる。
「さんせーい!」「私もアパチャイくんがいいと思いまーす!」
口々に上がる賛同の声。
当のアパチャイがポカンとしていると、それらの声をかき消す強い反論が出た。
「待ってください! 納得が行きませんわ!」
声の主は金髪ロール髪の白人女子生徒だった。
曰く、代表はクラスで一番強い者がなるのが当たり前、それは自分だ、第一男が代表だなんてありえない云々。
セシリア・オルコットと名乗るその女子が演説をぶっている間、アパチャイは窓の外の100メートルぐらい先を飛んでいるハエを観察していた。

「聞いていますの、アパチャイさん!?」
セシリアが怖い顔で睨んできたのでアパチャイは返事を返す。
「もちろんだよ! 昼ごはんは焼肉がいいよ!」
クラス全員がずっこける。
セシリアはいよいよ怒りをむき出しにしだした。
「こ、このイギリス代表候補生であるわたくしをここまでコケにするなんて……許せませんわ。
あなたなんかを断じてクラス代表として認めるわけには行きません! 決闘を申し込みます!!」
オオーッと歓声が上がる。

「アパ!! 決闘よ決闘よ!」
アパチャイも決闘と聞いて俄然やる気になったようだった。
大喜びで立ち上がり、タン・ガード・ムエイ(ムエタイの構え)を構えて臨戦態勢に入る。
セシリアはうろたえてしまう。
「お、お待ちなさい! 教室で決闘ができるはずがありませんわ。
第一ここではISも使えませんし、学園のIS用アリーナを借りるべきではなくって?」
「あいえすって何よ? 日本語むずかしいよ!」
「あ、ISを知らないいいいい!!??」

セシリアが驚愕のあまり腰を抜かしそうになる。
「う、嘘おっしゃい。ISのことも知らないでどうしてこの学園にやってきたの?」
「アパチャイもよくわかんないよ。黒服のおじさんたちがたくさんやってきて、ここに入ればいくらでも美味しい物食べられるって言うから来たのよ」
セシリア含め教室中の皆があんぐりと口を開ける。
なんと世界で唯一ISを操れる男性はISのことを知らなかったのだ。
「お……お話になりませんわ……織斑先生! これでもアパチャイさんをクラス代表に選ぶというのですか!?」
千冬はその端正な口元を吊り上げ薄く笑う。
「ふっ、ならば試してみればいいではないか。お前の言うとおりクラス代表には最も実力のある生徒が選ばれるべきだ。
お互いがその気なら決闘するしかあるまい」
「ぐぬぬ……先生がそうおっしゃるのなら……」
セシリアは歯ぎしりしながらも納得したようだった。

「だが決闘はしばし待てアパチャイ。お前の専用機は準備に時間がかかっている。
今週中には届かん」
そう言った時点で千冬は気付いた。アパチャイの気配が戦士のそれに変わっていることを。
「よくわからないけどアパチャイ何もいらないよ。
ムエタイ戦士に必要なのは己の五体だけよ!」
アパチャイが拳を固める。
歴戦の雄千冬にはその充実した闘気がありありと感じ取れた。
もはやアパチャイを止めることは誰にもできない。ならば。
「良かろう、やってみろ!」
「アパ!」
セシリア・オルコットin専用機ブルー・ティアーズvsアパチャイ・ホパチャイ生身。
究極の異種格闘技戦、決定。



1年1組の生徒達と千冬、山田は学園の第三アリーナに集まっていた。
ここがアパチャイとセシリアとの決闘の場である。
開始前からセシリアは自慢の青いISに身を包み、逆にアパチャイは制服を脱ぎトランクスとバンテージのみを身につけたムエタイスタイル。
「か……勝てっこない……」
箒は震えていた。
ISが開発されてからのこの10年、ISはあらゆる兵器を上回る地上最強の戦力としての名を欲しいままにしてきた。
一体どこの馬鹿がそれに素手で挑むというのだろう。
殺されるまでは行かないにせよ一生ものの傷を負いかねない。
箒はもう我慢の限界だった。

「待てアパチャイ! やめるんだ! 今からでも遅くない、降参しろ!」
「箒……」
今にも泣き出しそうな箒の頬をアパチャイはそっと撫でる。
「箒の気持ち、とっても嬉しいよ。でもアパチャイは大丈夫よ」
「だけど……またお前を失ってしまったら私は……」
アパチャイがニッコリと笑う。
「大丈夫よ! ぶっ殺すならムエタイだよ!」
アパチャイが踵を返す。
もはや振り返ることなく、空から見下ろすセシリアのもとへ一歩一歩突き進んでいく。
(アパチャイの背中がこんなに大きく見えるなんて……)

「試合開始っ!!」
アリーナに鐘の音が響く。
先手必勝とばかりにセシリアが主砲のビームライフルを放つ。
アパチャイはそれをサイドステップでかわす。
間髪入れずセシリアのいる上空まで一気に跳びかかるアパチャイ。
大砲の如き跳躍だ。
「甘いっ! 空中では生身の人間は自由に動けませんわ!」
独立して宙に浮かぶ4つの小さな自立機動兵器、その名もずばり『ブルー・ティアーズ』がアパチャイに標準を合わせる。
セシリアの号令と共にレーザー砲を一斉照射、まともに食らうアパチャイ。
「あついよっ!!!」
アパチャイが落下する。派手に地面に叩きつけられたが、バウンドしながら体勢を立て直し、着地。
即後退し距離を取る。

「全く呆れたタフネスですわ。このレーザーの一撃一撃が戦車の装甲にも穴を開けるというのに」
セシリアが目下の巨漢をあざ笑う。
所詮生身の人間がISに勝てるはずがないのだ。
「今からでも遅くありませんわ! 素直に謝って許しを乞うというのであればわたくしの召使にして差し上げましょう!」
アパチャイが首を振る。
「アパチャイが謝るのは千冬姉のおやつをこっそり食べちゃった時だけよ!」
アパチャイは突然片膝をつき、右拳を振り上げた。
セシリアが訝しんでいると、その褐色の大腕が一気に振り下ろされ地面に突き刺さる。
轟音が響くと共に地面に巨大なヒビが走り、膨大な土埃が巻き上がった。
「なっ!?」

土埃はセシリアの浮かぶ高度にまで舞い上がり、誇り高き少女から視界を奪った。
「目くらまし? こんなものでわたくしを誤魔化せるとでも!?
それとも時間稼ぎのつもりなのですか!?」
セシリアの声色に怒気が交じる。
直後ブルー・ティアーズのセンサーが背後に急上昇してきた物体を捉えた。
「わたくしを……見くびってもらっては困りますわ!!」
セシリアは即座に転回し、、右腕の主砲を放った。
最大出力のビームライフルが土煙の向こうの影に炸裂し、巨大な爆発を起こす。

「アパチャァァァァイ!!!!」
箒の叫び声は爆発の轟音にかき消された。
セシリアは勝利を確信し微笑する。
その瞬間、レーダーが背後にもう一つの反応を捉えた。
「!?」
爆発によって土埃が消し飛ばされた中から姿を表したのは、空を舞う大岩に乗ったアパチャイ。
先ほどの主砲を食らった痕跡はない。
(しまった……デコイ!!)

セシリアの反応は遅れた。
油断。そして主砲を最大出力で撃った直後に生じる一瞬の機体硬直時間。
全てがセシリアにとって致命的だった。
アパチャイが足元の岩を蹴り、跳躍する。
迎撃できる距離ではなかった。
それは弾丸より速く、宝石よりも美しい突進。
そこから繰り出される、パンチの要点を突きつめた究極のパンチ。

「アパンチ!!!!!!!!」

ブルー・ティアーズのバリアーが砕ける。
その拳はセシリアの生身に到達し、ISコアは自らの機体と引換に操縦者を守り、弾け飛んだ。
セシリアは数十メートル吹き飛びアリーナ観客席に叩きつけられたのだ。
この状態でもセシリアの体は無傷に近く、意識も保ったままだったことがISを最強兵器たらしめる点だろう。
だが勝敗は誰の目にも明らかだった。

「……止めを刺しなさい」
歩み寄ってきたアパチャイに、セシリアが吐き捨てるように言う。
負けた。
生身の人間に。
IS国家代表候補生の自分が。
セシリアにはもはやひとかけらのプライドも残っていなかった。
決して女には勝てないと思っていた男に見下されている、この屈辱。

「決着はついたよ。アパチャイ、これ以上セシリアを殴りたくないよ」
「くだらないことを……!」
動かぬ体を無理矢理起こしセシリアは吐き捨てる。
「一体どんな顔をして明日から生きていけばいいんですの?
わたくしは……すべてを失ったんです」
アパチャイはあの太陽な笑顔を浮かべた。
「アパ! そんな難しいことはぶっ殺してから考えるよ! 
脳みそは人を殴るためにあるよ!
アパチャイお師匠さんからそう教わったよ!」
アパチャイの言葉はどこまでもまっすぐだった。
その純粋さがセシリアの胸にどこまでも染みこんでいく。
気がつけばセシリアの瞳からは涙がこぼれ出していた。

「負けたのならまた強くなればいい……」
千冬がセシリアの肩に手を置く。
「お前達は卵だ。ひよっこですらない。
お前達がいつか巣立つ日のためにこの学園はある」
生徒達が駆け寄る。
「そうだよセシリアさん!」
「セシリアさんのIS、すっごくかっこよかったよ!」
セシリアは顔を背ける。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を見られたくなかったからだ。
ただ、嬉しかった。
本当に嬉しかった。



シャワールームの中でセシリアは何度も思い出していた。
あの試合のこと。
アパチャイ・ホパチャイという男子のこと。

『難しいことはぶっ殺してから考えるよ! 
脳みそは人を殴るためにあるよ!』

――あんなこと、今まで誰も言ってくれなかった……

情けない父親。
男に対する蔑視。
自分の心を覆っていた全てを溶かしてくれるような、太陽のような男子。

「アパチャイ・ホパチャイ……」
暖かいのに締め付けられるような、不思議な想い。
もっと、知りたい。彼のことを。



翌日朝のホームルーム。
アパチャイはめでたくクラス代表に指名された。
もっとも本人は未だに役割を良くわかっていないようだったが。
「アパチャイさ~ん! わたくしの分まで頑張って下さいね!」
昨日とは180度違う、まるで一ファンのようなセシリアの態度に周囲はあっけに取られた。
「あ、ところでアパチャイさん、お弁当作ってきたんですけど、いかがですか?
学生食堂だけだとお腹が減りますよね」
「アパパ! すごくありがたいよ!」
「なっ!?」
箒がガタンと席を立つ。

「なんでお前がアパチャイの弁当を作るんだ!」
「あら、一戦友としてこれぐらいは当然ですわ。
篠ノ之さんこそ、そんなことをお聞きになる筋合いがあるのでして?」
眉間にシワを寄せる箒と、余裕の笑みを浮かべるセシリア。
「アパパパ! ふたりとも仲良しさんになって嬉しいよ!」
アパチャイは手を叩いて喜ぶ。
「ちっ、違うぞアパチャイ! これは仲良くしているわけでは……」
「お前ら馬鹿騒ぎはそこまでだ。授業を始めるぞ」
千冬の声が響くと途端に教室が静まり返る。

アパチャイは結構彼なりに学校生活を楽しんでいるようだった。
箒はこの先面倒が増えそうだと苦い気分だった。
セシリアは単純に浮かれていた。
同じ頃遠い中国でアパチャイとの再開を心待ちにする少女がいた。



この先何が待っているのか誰にもわからない。
だがアパチャイ・ホパチャイがいる限り、きっとどんな困難にも立ち向かっていくことができるだろう。
彼らの学園生活はまだ始まったばかりなのだ。




おしまい

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