2012年6月22日金曜日

エムゼロEX 7

第七話 回り出す歯車


生徒会本会議室と表札に書かれた部屋で、窓際に立って外の風景を眺める女子生徒がいた。
栗色のショートヘアが陽光に照らされ、紅色のセルフレーム眼鏡がキラリと光るその女子生徒は後ろ手を組んだまま目を細める。

「これから……忙しくなるなぁ……」

校庭からは生徒達の喧騒が届いてくる。

「書類は整ったよ、悠理さん」

後ろから声をかけてきたのは中性的な顔立ちの美少年。
その隣に立つのは彼と瓜二つと言っていいほどよく似ている美少女だ。
容姿といい儚げな雰囲気といい、性別と髪の長さ以外はクローン人間のような二人組だった。

「じゃあ行こうか」

悠理と呼ばれた女子生徒は二人に微笑みかけ、歩き出す。
二人は悠理の後ろに並んで付き従った。


####


大きな事件があった林間学校の翌週の月曜日。
執行部は今日も忙しかった。
場面は魔法執行部一学年分室。
やれE組で魔法を使ったケンカをしているだの、やれ体育館で誰かの魔法が暴走しているだの、放課後わずか1時間足らずで4件ものトラブルを処理したため皆疲れてぐったりとしている。
書類を淡々と処理する事務担当の氷川と、空き時間を利用して読書にふける大門以外はだらだらと休憩していた。

「今日子さん、あたしも手伝おうか?」

「構わないわ。私は外では働いていないから」

氷川は手を止めることも顔を上げることもなくきっぱりと断る。

「そんなの気にしなくていいのに……」

愛花から見ると氷川との間にはまだ一枚壁があるように思えてならなかった。
もちろん執行部員になる前と比べれば格段に打ち解けているのだが、久美やミッチョンほど親しくなるにはしばらく時間がかかりそうだ。

(よーし、今度久美達と遊びに行く時に今日子さんも誘っちゃお!
 それにそろそろ『今日子ちゃん』って呼びたいし……いや、『キョウちゃん』の方がいいかな?)

愛花はああでもないこうでもないと考えを巡らせた。
ちなみにその頃竹谷は熱心にケータイをいじっていて、影沼はどこにいるのかわからなかった。
いや実際には教室の片隅で体を休めていたのだが。

「みんなだらしがないぞ。執行部員がこうもだらけていたのでは部の信用が落ちる」

大門は特に九澄に目線を送る。
九澄はウチワを仰ぎながら反論する。

「そんな事言ったって俺は毎日体張って働いているだろ。
 まして俺は病み上がりだぞ。お前こそもっとガッツリ働け」

「君こそもっと魔法を多用すれば楽ができるだろう」

「う、うるせえ。俺は魔法に頼るのは嫌いなんだよ」

嫌いも何も九澄は魔法が使えないので体力仕事になるのは当然である。
それでも周囲を誤魔化せているのは生来の機転の良さとハッタリ力のたまものであろう。
二人が相も変わらず険悪なムードになった時、不意に分室の扉が開いた。

「君達が魔法執行部の一年生かい?」

凛とした口調でそう尋ねたのはメガネをかけた女子生徒だった。
華奢な痩身に端正で精悍な顔立ち。異性より同性からモテそうなボーイッシュタイプの美少女である。
ネクタイに2本のストライプが入っているところからして二年生に間違いない。
九澄は彼女の顔になんとなく見覚えがあった。それもごく最近どこかで見かけたような。
彼女の後ろにはこれまた美形の女子生徒がいた。
こちらのほうが清楚っぽくて男子からは人気がありそうだ。
しかしその隣にほとんど同じ顔の男子生徒がいるのはどういうことだろうか。

「そうですけど、何か御用ですか?」

愛花が前に出て応対する。
女子生徒はふうんと一瞥して部室の中を見渡す。

「いい部屋だね。さすが執行部、いいところを使っている」

「あの……ご御用件は……」

女子生徒は頭をポリポリとかいて苦笑する。

「うーん、その反応からして私が誰か知らない? 誰一人? 参ったなあ、みんな私の演説聞いてたんじゃないの?」

「あ……」

愛花は何かを思い出したかのように目を見開く。
九澄にはなんのことかさっぱりわからなかったが、大門は違うようだった。

「そうか、この前新しく生徒会長になった望月悠理〈もちづきゆうり〉さんですね?」

「当ったりー。なんだ、知ってる人いるじゃん」

悠理は笑顔で人差し指を立てる。
さっきまでより幾分雰囲気が軽くなった。
九澄はようやく合点する。

「新しい生徒会長? あー、そういえばこないだ女子の先輩が集会で就任演説してたような気がするな。全然聞いてなかったけど」

「これだもんな……」

九澄のとぼけた発言に大門が呆れて手で顔を覆う。
しかし九澄の認識の浅さも無理はなかった。
この聖凪高校では生徒会長の地位、というより存在感はかなり小さい。
なぜなら形式上は生徒会内部の一組織となっている魔法執行部の立場が非常に強いからだ。
ほぼ制限なく校内で魔法を使用でき、一般生徒の取り締まりを担う魔法執行部。
それに対して、地味なデスクワークがメインの生徒会本会はどうしても印象が薄く、あまり存在自体意識されていない。
おかげで毎年立候補者がなかなか出てこず、内申書アップを餌に教師が探しまわってどうにか一人見つけるという事例が多いのだ。
そういうわけだから今年も立候補者は望月一人しかおらず、無投票当選であっさりと就任が決まった。
新会長の名前が浸透しないのも当然と言える。
ただし例年と大きく違うのは、彼女は極めて積極的にこの職に就いたということだった。

「というわけで、二年E組望月悠理。以後ヨロシク」

ニカッと笑う望月に愛花はペコリとお辞儀を返す。

「あ、よろしくお願いします。
 えっと……それで御用件は……」

「そうそう、今日ここに来たのはひとつ重大なことを伝えるため。
 1年C組九澄大河君にね」

望月は九澄を向いて目を細める。

「お、俺?」

自分を指差す九澄に周囲の視線が集まる。

「そう、君」

望月は九澄の前にすっと近づき、もう少しで顔が触れそうな距離で微笑みかけた。

「九澄くん、君に一年生代表として大会に出て欲しいの」

「大会?」

望月の顔があまりに近いので微妙にのけぞる九澄。

「そ、大会。聖凪最強の生徒を決める魔法トーナメント。
 その名もズバリ"聖凪杯"」

「な……!!」

分室がざわめく。
九澄は思わず周りの反応をきょろきょろと見渡したが、皆一様に目を丸くしている。
ただし望月の後ろの二人は退屈そうだった。

「……そんなイベントがあるとは聞いたことがありませんが」

大門が尋ねる。

「そりゃそうよ。あたしがついこないだ発案したんだもん」

あっけらかんと答える生徒会長に大門は呆気にとられてしまった。
どうもこの人、全体的に軽い。
中学時代に同じく生徒会長を務めた大門としては役職のイメージに合わない人物に思えた。

「そんなわけだから九澄くんは一年生代表!
 異論のある人は九澄くんにタイマン挑んで勝っておいてちょうだい。
 参戦期限は今週中、大会本番は再来週の週末よ」

「ちょっと待ったーーーー!!!
 異議あり異議あり!!!」

異論を申し出たのは他ならぬ九澄大賀その人だった。
まあ当然である。

「なんで?」

望月が首をかしげる。

「だからつまり……俺は魔法をそーいう使い方はしねえんだよ!
 他人と力を競ったり見せびらかしたり、そーいうのは性に合わないんだって!」

ここで譲る訳にはいかないから九澄も必死だ。
今の九澄ならガンジーばりの非暴力主義者を名乗れそうである。
だがそんな九澄の言葉を遮ったのは身内の声だった。

「納得いかないな」

九澄が振り返るとそこには憮然とした面をした大門がいた。

「君はいつもそうだ。
 タク……小石川と戦った時も、僕と戦った時も、執行部の仕事でも。
 いつも理屈をつけては魔法を使いたがらない。
 そうかと思えば以前横暴に振る舞って力を誇示したことがあったな」

大門が言っているのは前校長が九澄の体を借りて自分の魔法を使った時のことである。
もちろんその真相を知っている者がこの場にいるはずもない。
九澄自身ですらそんな事があったとは知らないのだ。

「僕は正直君を信用出来ない。
 この上、上級生達との真剣勝負から逃げるというのならそんな奴とこの先組みたくはない」

「お、おい、何もそこまで言うこたねーだろーが!」

大門は真顔で九澄を見据えている。
下手なごまかしは通用しそうになかった。
言葉に詰まった九澄は話し相手を変えることにする。

「柊はどう思う?
 別にそんなお遊びのバトル大会なんて出なくてもいいと思うだろ?」

愛花は腕を組んでしばらく考え込み、それからパッと明るい表情を浮かべた。

「あたしはやっぱり見てみたいな!
 九澄くんが上級生の人達と本気で戦うところ!」

「んがっ!」

そんな太陽のような笑顔で言われると九澄には何も言い返せない。

「決まりだね」

大門が勝手に決定を宣言した。
九澄が大門を睨みつけると、今度は望月が口を挟む。

「それに考えてもご覧よ九澄君。
 君が執行部として上手くやっていけてるのはゴールドプレートの威光があればこそ。
 もし君が負けるリスクのあるバトルからは逃げるチキン野郎だなんて評判が広まっちゃったら、
 何かと面倒な事になっちゃうんじゃない?」

九澄は言葉に詰まる。
確かにその通りなのだ。
ハッタリを効かせるためには畏怖と敬意の念を持たれなければならない。
チキン野郎という称号は、ニワトリには悪いが最悪とさえ言える。
極端な話出場して即負けたほうが後で評判を取り戻すのは楽かもしれない。
どうせ相手は三年生のトップクラスばかりのはずなのだから。
だがそれでもあまりにも惨めな負け方は許されないはずだ。
自分に果たしていい試合が出来るのだろうか?
果たして出場を選ぶべきなのだろうか?

「少し……考えさせてくれ……」

それがここでの結論だった。

「そうね、いい返事を期待してるよ。今週中にね」

望月は踵を返し、手を振りながら後ろの二人とともに教室を後にした。
九澄はその背中を黙って見送った。
固く握られた拳はじわっと汗ばんでいる。

まただ。

九澄はこの違和感を知っていた。
明らかなピンチなのに、怖いのに、心のどこかにこの事態を楽しんでいる自分がいるのだ。

(俺……危険に慣れて麻痺しちまってるのかもな……)

九澄はそう考えて自嘲気味に笑う。

「ワリいみんな。ちょっとやることがあるから先に上がるわ」

手を振る九澄に愛花が声をかける。

「九澄くん、この話どうするの?」

「そいつは後のお楽しみだぜ」

白い歯を見せてニカッと笑う九澄の自信に溢れた態度を見れば答えは明らかだった。
とうとう本気で戦う九澄大賀が見れるのだ。
愛花は心臓の鼓動が早まるのを感じた。

「じゃあな! また明日!」

九澄はさっそうと部屋を後にする。
後ろ手で扉を閉め、カッと目を見開いた。
全身に力が入る。
そうだ、何を恐れている。こうなればやるべきことはただひとつではないか。
九澄は全速力で駆け出した。



「ドラえもーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!」

――校長室に向かって。


####


「おやどうしました九澄君。というかドラえもんって……」

「大賀ーーー! なんか久しぶりな気分だね!」

迎えてくれた校長とルーシーを顔を見て九澄は深く息をついた。
やはりここはいい。気楽だ。

「ねえ大賀! この新しい服どう? 似合う?」

ルーシーは喫茶店のウェイトレス風のオレンジ色の衣装をひるがえしクルクルと回転する。
いわゆるメイド服ほど媚びておらず健康的でかつ可愛らしい服だ。
しかしスカートは短い。

「そんな事より校長! 大変なんだよ!」

「そ、そんな事って……」

ガーンという音がルーシーの脳裏に響き渡った。
そんな乙女心には全然気付かず九澄は御年83才の貴婦人に詰め寄る。
九澄の説明は慌てすぎて要領を得なかったが、校長はいくつか質問した上で話の全体像を掴んだ。

「なるほどそういうことですか……それは中々面倒なことになりましたね」

校長は席を立ち窓の外を見下ろす。

「いやそんなのんびり構えてる場合じゃないんだって!」

「どうしてそれが深刻な事態なのですか?」

「どうしてって……そりゃ出たら秒殺食らうに決まってるから……。
 何より、俺が本当のゴールドプレートの持ち主じゃないってわかったらまずいっしょ!」

校長が九澄に向き直り楽しそうに微笑む。

「私はそうは思いません。
 九澄くん、私はあなたを買っているんですよ」

冗談を言っている風ではなかった。

「確かに『今日の』あなたではとても対応できないでしょう。
 でも『三週間後の』あなたならわかりません。
 もし本気で策を練ったのであればね。
 それに九澄くん、あなたは少しもわくわくしないのですか?」

「……え?」

「あなたには既に見えてきているはずです。
 エムゼロの真価、実力、本当の強さが。
 それを試すのにこれ以上の場はないでしょう?」

「それは……確かに……」

一理はあった。
夏休みに初めてエムゼロ修行を行なって以来、何かが掴めそうな気がしていた。
まだはっきりとは見えていない。
だけどそれはすぐ近くにあるような気がするのだ。

「けど……時間が足りねえよ……」

歯ぎしりする九澄に校長は微笑みかける。

「やれるだけやってみたらいいじゃありませんか。
 もしどうしても間に合わないと思ったのなら、その時は私が欠場のための事情を作ってあげますよ。
 ……ま、そうならないことを期待していますがね」

「校長先生……」

九澄は拳を固く握った。
何かできそうな気がした。
いや、やらなければいけない。
この先エムゼロを持ち続けるのなら、どこかで壁を壊さなければいけないのだ。

(探してみるか……俺の……俺だけのエムゼロでの戦い方を)

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