第四話 生徒会魔法執行部部長・“ウィザード”夏目琉
生徒会魔法執行部部長。
それこそが聖凪学園で最も恐れられている役職の名である。
「三年生訪問?」
永井の呼び出しに応じ二年生部室に集まった執行部一年生一同は、支部長からの命令に目を丸くした。
「そうだ。お前達が入部して以来、何かと忙しくてそんな暇がなかったんだがな」
永井が九澄の背を叩いた。
聖凪高校では一・二年生校舎と三年生校舎がはっきり分かれている。
通常生徒が別の校舎を訪れることはないため、同じ執行部といえど一年生が三年生と顔を合わせることはない。
しかし慣例では一年生執行部は正式発足後すみやかに三年生のもとを訪問し、交流の機会を持つことになっている。
その折に先輩方からのありがたーい経験談や説教を聞くという趣向である。
「ついさっき連絡があって、すぐにお前らを寄越してくれとのことなんだ。
まあ急な話だがどうせいつかはやることだ。仕事は俺達二年に任せて行ってきてくれ」
三年生校舎までの2キロほどの道のりを九澄たち七人が歩いていた。
「っにしても急だよな。相変わらず人使い荒いぜ執行部はよ」
九澄が苦い顔をしてぼやく。
「そう言うな。せっかく普段会えない先輩に会える機会なんだ。
彼らはこの学校で最強クラスの実力者なんだよ」
大門の足取りは軽かった。魔法の腕を磨くことに誰よりも熱心な彼にとって、噂でしか知らない三年生の実力を見れる機会など願ってもないことだ。
ぜひいくつか得意魔法を披露してもらおうと小柄なエリート一年生は考えていた。
「あたしも楽しみだな。きっと凄い人達なんだろうな」
愛花が大門の言葉に頷くと、九澄は途端に歯ぎしりした。
三年生校舎の見た目はいたって普通だった。
何人かはなにか凄いものを想像していたのでがっかりしていたが、九澄は最初から乗り気でなかった。
前に三年生執行部の滑塚という男に腕試しを挑まれて以来、彼らと関わりたくなかったからだ。
もし勝負を挑まれたりしたらなんと言ってごまかそうかと九澄は悩んでいた。
約束の正面玄関前にたどり着くと、どこからともなく女性の声が聞こえてくる。
「はいはいみなさーん、こっちについてきてねー」
声の主は宙に浮いているクマのぬいぐるみだった。
手招きしてどこぞに飛んでいくイマイチ可愛くないぬいぐるみに驚く者はもちろんここにはいない。
三年生にとってはお菓子でも食べつつケータイをいじりながらでも使えるような魔法だろう。
ぬいぐるみに招かれた場所は校舎の中ではなく、そこから少し離れた場所にある建物だった。
そこは簡素な小さい体育館といった面持ちでさほど広くは見えなかったが、中に入ると校庭に匹敵する大きさだった。
野球の試合ぐらいなら難なくできそうな面積と天井の高さだ。
「魔法空間……」
影沼のつぶやきは誰も聞いていなかった。
広さだけではない、その空間特有の妙な空気に圧迫されていたのだ。
その空間の中央で二人の男が向かい合っている。
短髪の男は今にも掴みかかりそうな険悪な表情。
長髪の男はどこ吹く風とばかりに余裕の表情だ。
「やっと来たねボーヤたち。もっとチャッチャとして欲しかったんだけど」
ぬいぐるみが飛んでいった先には四人の生徒が集まっていた。
その中には九澄が知っている顔もある。
額の広い大柄な男、以前九澄に挑んできた滑塚亘だ。
彼の隣でぬいぐるみを肩に乗せているのは抜群のスタイルを誇る美少女。
「彼らが……三年生執行部」
大門は気圧されていた。
ただ立っているだけの彼らから、静かにして強烈なプレッシャーを感じる。
間違い無く今の自分では歯が立たない一流の魔法使いたち。
大門は固く握った拳が汗でにじむのを感じ、微笑んだ。
彼らが期待通りの強者だったことがたまらなく嬉しかった。
「はじめまして先輩方。大門高彦といいます」
「あっテメー自分だけ! おねーさま、俺竹谷和成!
カズ君って呼んでくださーい♪」
竹谷は四人の中でもひときわ目立つ美少女に擦り寄る。
その鼻の下は見事に伸びきっていた。
「なんつーみっともねー奴……」
九澄が口をぽかんと開ける。
竹谷は真剣な顔で九澄に振り向いた。
「お前このお方を知らんのか! 俺は一目でわかったぞ、この方が執行部副部長、時田リサさんであるということが!」
「時田……?」
その名前には聞き覚えがあった。たしか伊勢あたりがよく口にしていたような。
「"Gの時田"か!」
九澄の頭にイナズマが走る。
一年生最強バスト、禁断のGカップ。何もせずとも名が売れるB組のリーサルウェポン時田マコ。
愛花以外の女性に興味がない九澄でも、何度か彼女に目を奪われたことがあることは否定出来ない事実である。
そして目の前の美女は、信じられないことに時田マコ以上のスタイルの持ち主だった。
爆弾級のバストにきゅっとくびれたウエスト、群を抜いて長い脚、小さな形良い頭と大きな灰色の眼。
こんな人類が実在するのかと思ってしまうほどずば抜けた肢体だ。
「立っているだけで罪、歩く姿は犯罪級!
彼女こそは聖凪のビーナス、時田リサ様なのだ!」
力の限り彼女を称える竹谷は、オープンスケベ男の伊勢とは違う意味で危ない奴に見えた。
当の時田は余裕の笑みを浮かべつつ、人差し指を立ててウインクする。
「ありがとうカズ君。でも妹はウブだから乱暴しちゃ駄目よー?」
「んモチロンですっ!!」
だめだこいつ。九澄はおもいっきりそう思った。
「挨拶はもういいだろ一年ども」
喧騒をさえぎる堂々とした声の主は空間中央に立っている長髪の男だった。
全員の視線がその男に集まる。
男は九澄と目を合わせ、ニヤリと笑う。
得体のしれない寒気が九澄の背に走った。
(あ……あいつは……)
「九澄くん?」
愛花が声をかけるが、九澄は男から目を逸らすことができなかった。
冷たい汗が九澄の背中を流れる。
「ヘヘ……自己紹介されなくてもわかっちまった……。
あいつだけ他の連中と明らかに違うじゃねえか」
九澄は冷や汗をかきながら苦笑していた。
ここにいる三年生全員怪物クラス、だが目の前のこの男はその中でも群を抜く怪物の中の怪物、怪物の王。
ケンカ慣れした九澄に備わった、強者を見ぬく勘が最大音量で警報を鳴らす。
これほどの威圧感を姉の胡玖葉以外から感じたことはない。
「つまりあいつが三年生最強の男、執行部長ってわけだ」
「いい目をしてるじゃないか九澄大賀。
伊達にゴールドプレートは持っちゃいないな」
男が口の端を吊り上げる。
「へっ……プレートの色なんかで本当の強さはわかんねえよ」
(帰りて~~!)
九澄は心底そう思った。
そのやり取りを見て時田リサが微笑む。
「夏目くん、嬉しそーじゃない。待ち望んだ恋人に会えた気分ってやつぅ?」
「茶化すな時田」
「あはは、ごめんごめん。……さて一年生諸君、お察しの通り彼がウチの部長。
魔法執行部部長・夏目琉〈なつめりゅう〉、通称"ウィザード"。
聖凪高校全生徒八〇〇人の頂点に立つ男よ」
一年生全員がつばを飲み込んだ。
すると夏目と向き合っている短髪の男が口を挟む。
「くっだらねーお話はもう済んだかよ?」
「ああ、始めようか」
夏目が不敵に笑って右手を伸ばし、指先をクイクイと曲げ挑発した。
「いつでも来いよ、『挑戦者』」
男が顔を歪めてプレートを握る。
そして何事かを叫んだ。
「始まったか……」
滑塚がつぶやく。
一年生は皆戸惑っていた。竹谷が時田に訪ねる。
「リサさん、これは一体何なんですか?」
「挑戦者よ、久しぶりのね」
時田は楽しそうだった。
「三年生執行部って結構暇なのよ。夏目くんが強すぎて、だーれも逆らえないんだもん。揉め事なんか起こせないの。
でも時々ああやって命知らずの挑戦者が現れるわけで、それに応えるのも執行部長の仕事みたいなもんね。
夏目くんはね、こういうイベントを何よりも楽しみにしてるのよ」
挑戦者の背後の影から巨大な物体が浮き上がる。
それは身の丈四メートルはあろうかという漆黒の物体になった。
「影を実体化したんだ!」
影沼がここぞとばかりに解説する。
ここで目立たなければ次はいつになることか。
驚くべきことに影は召喚主である挑戦者自身を飲み込んだ。
すると影は人型に変わっていき、ついには明確な形に定まる。
中世ヨーロッパチックな鎧姿に巨大な剣。それはまさに漆黒の騎士と呼ぶべき存在だった。
「凄い……この距離でも凄まじい魔法力を感じる……。
あの大きな影で自分を包み、最強の鎧に変えたんだ。いわば戦闘ロボットに乗り込んだようなもの……」
影沼次郎、渾身の解説。
しかし誰も聞いていなかった。声が小さいんだから仕方がない。
時田が言葉を続ける。
「君達を今日呼んだのはこのバトルを見せたかったらなのよ。
夏目くんが君達に知って欲しがっているの。『頂点の高さ』ってやつをね。
あたしはめんどいからさっさと終わらせてよーって頼んだんだけど、人使いが荒いんだよねー彼」
頂点は未だ一歩も動かないままだった。
漆黒の騎士が一気に距離を詰め、大剣を振り下ろす。
夏目はギリギリのタイミングで横に跳ね、かわした。
剣は床に激突して轟音とともに数メートルの亀裂を生み、振動が九澄たちをも揺らす。
夏目は口笛をヒュウと鳴らし着地した。
「大した威力だ。まともに食らっちゃ命が危ないな」
「ならどうする!」
騎士が叫んだ。
夏目は余裕の態度で頭をポリポリとかく。
「この魔法力、お前にしちゃでか過ぎる。
それにこのいびつな魔力圧……魔法力加算〈アディション〉か」
騎士の動きが一瞬止まる。
表情のない仮面が一瞬うろたえたように見えた。
「なぜ分かった……!?」
「なんだ当たりだったのか? そういう時は適当にとぼけとけよ」
夏目が首を振る。やれやれと言っているかのような仕草だ。
「アディション……ってなんだ?」
九澄が滑塚に尋ねた。
「魔法プレートに他人の魔法力を上乗せすることさ。
うまくすりゃ本来の限界の倍以上の力を持たせられる。
だがそのかわり不安定でコントロールは困難、おまけにあっという間にMPを使い果たしちまう諸刃の剣だ。
……ま、本来一対一の魔法バトルじゃ禁じ手だよ」
禁じ手という言葉を使った滑塚の口調に怒りはこもっていなかった。
(確信してるんだ、あの部長はそれでも負けねえってことを)
騎士が縦に横に剣を振るう。
夏目はそれを羽が生えているかのような軽やかな動きでかわし続ける。
「何人に協力してもらった? 三人ってとこか?
だがアディションを使った魔法プレートはあっという間にバランスを失うことぐらいは知っているはずだ。
このまま攻撃を避け続けるだけでお前は勝手に崩れちまう。
だろう?」
「そんな勝ち方をしてみやがれ、学校中にてめえが腰抜けチキン野郎だと言いふらしてやる!
てめえが最強を名乗るなら勝ち方ってもんがあるだろう! ウィザードさんよ!!」
「なるほど、最初からそうやって挑発することで、俺に真っ向勝負を受けさせるつもりだったってわけか」
夏目は余裕の笑みを保ち続ける。
「卑怯だと言いたいか?」
「まさか」
夏目の動きが止まった。
直立したまままっすぐに騎士を見上げる。
釣られて騎士も一瞬静止する。
「一手やろう」
「あぁ?」
夏目の切れ長の目が獲物を狙う蛇のように大きく開かれ、不気味な威圧感が観戦者にまで届く。
「一手好きなように打たせてやる。それで俺を、殺〈と〉れ」
「なっ……!」
「俺を、殺れ」
直立不動のまま、なんの迷いもない声でそう言い切った。
「ふざけるなあぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
それは一瞬のことだった。
足元のウィザードに向けて、騎士が真上から大剣を振り下ろす。
大剣が最高のタイミングで夏目を捉えたかのように見えた瞬間、轟音とともに砕け散ったのは剣のほうだった。
夏目が何かアクションを起こしたようには見えない。彼はただ立ったまま。
「!?」
何が起こったのか誰にもわからなかった。
夏目は悠然と騎士を見上げ、騎士は剣を振り切った体勢のまま動きを止めている。
(呆然としているんだ)
表情が読めなくともその動揺は確実に観戦者たちに伝わっていた。
「残酷なやつだ……」
滑塚がぼやく。
直後、夏目は左手の手のひらをまっすぐ突き出した。
「雷砲」
ウィザードが本の題名を読むような淡々とした声で魔法を唱える。
直後、騎士の全身を特大の電撃が包んだ。
おびただしい発光が観戦者たちの視界を奪う。
数秒後、九澄がようやく目を開いた頃、騎士の鎧は音を立てて崩れ始めた。
破片が地面に溶けて元の影に戻っていき、最後には生身の挑戦者だけが残される。
男は地面に両膝をつき拳を震わせた。
「ちくしょう……!」
「まあいい線は行っていたがな。
健闘は讃えてやるさ」
夏目が男を見下ろす。
慰めでもリップサービスでもなく、王者の余裕から出る発言だった。
「ちくしょうちくしょうちくしょう!!
あんなに努力したのに……アディションまで使ったのに……!
なぜだ! どうしてこんなに違う!」
男は地面を叩き、うめく。
その顔はぐしゃぐしゃに歪み、肩も声も震えていた。
「俺とお前の、何が違うってんだ……!」
誰も何も言えなかった。
夏目も周りの面々も。
ややあって男は立ち上がり、闇雲に走り去るようにして部屋を後にした。
皆がそれを黙って見送り、男が見えなくなった後ようやく時田が口を開く。
「さて! 今日も我らが夏目くんの圧勝だったね!」
滑塚がうなずく。
「やる前からわかっていたことだけどな」
九澄たち一年生は皆呆然としていた。
今目前で繰り広げられた戦い、それは彼らの知る魔法バトルのレベルというものを遥かに凌駕していたのだから無理はない。
特にあの恐ろしい相手に本気を出したようにも見えない夏目の強さは底が知れなかった。
違いすぎる。遠すぎる。
「おやおや、一年生のみんなにはちょーっと刺激が強すぎたかな?」
時田が腕を組んで苦笑する。そして九澄の方を向きその大きな瞳を輝かせた。
「でも一人だけ違う感想を持った人がいるんじゃない?
九澄大賀くん」
「いいっ!?」
九澄に視線が集まる。
誰もが認める一年生最強の男はこれを見て何を思ったのか。
九澄はぎこちない笑みを浮かべて頭をかいた。
「ま、まあさすが三年生の執行部長だとは思ったかな。
他の連中とはちょっとばかし違うなーっと」
「ふっ、ちょっとばかし、か……」
スラリとした長身に程よく引き締まった筋肉、端正な顔立ちにサラサラの長髪。
ウィザードの名に恥じない風格と威厳を持つ男が嬉しそうに目を細める。
「さすがはゴールドプレート、俺を相手にしても負けるつもりはないというわけか」
「い、いや、勝ちとか負けとか、別に勝負なんて馬鹿らしいだろ」
(勝てるかーーーーー!!)
九澄の心の声を聴くものはもちろんいない。
「なるほど、力を誇示したがらないという話は本当だったか」
夏目は滑塚に目を向ける。
「滑塚はお前に関してこう言った。サシなら俺より上かもしれない……と。
俺のまともな相手がいなくなってから随分経つ。
お前なら俺を楽しませてくれると思っているんだがな」
「だ、だから俺は魔法をケンカの道具になんかする気はねえし!
俺にとって魔法は、みんなが幸せになるための夢の道具なんだ!」
九澄が力強く拳を突き出す。
夏目はそれを見て声を上げて笑いだした。
「はっはっは! 初めてだよお前みたいな奴は!
気に入ったぞ九澄大賀! お前に任せときゃあっちの執行部は安心だろうな!」
「な、なんかあんなに嬉しそうな夏目は初めて見るな……」
滑塚が戸惑ったように声を漏らす。
「九澄くんらしいな、ああいう自分の強さを絶対にひけらかさないところ」
愛花が嬉しそうにそうつぶやいたのを聞いて、大門の眉間にシワが寄った。
「くっくっく、だがな九澄。俺は予感がするんだ。
近いうちにお前と一戦交えることになるような予感がな……」
縁起でもない。
「その時を楽しみにしているぜ、怪物一年生」
(か、関わりたくね~っ)
九澄は心底さっさと帰りたかった。
結局このあと一年生ズは三年生の部室に招かれお茶と自慢話を振舞われたあと帰路についた。
帰り道の途中で竹谷がつぶやいた、「凄かったなー」という感想が全てだった。
*****
夏目に敗れた男は校庭の影で校舎にもたれ座り込んでいた。
敗北したこと以上に、まるで通用しなかったという事実が男を打ちのめしていた。
打倒夏目を目指した1年以上の努力はまったくの無駄だったのだ。
生気の抜けた顔でぼんやりと地面を見つめる男の前に、別の男が歩み寄ってきた。
背の高い、無駄なく鍛えあげられた体と鋭い目を持つ狼のような男。
「死んだような顔してるじゃねえか。
結果は俺の言ったとおりだったみてえだな」
「……俺を笑いに来たのか」
「それだけでもねえ。いまどき奴に挑むだけでも大した度胸だって褒めてやろうと思ったのさ」
「……お前はどうする気なんだ。
口先だけで最後まで逃げ続けるのか?」
「そう焦るんじゃねえよ。物事には時期ってものがある。
だがとうとうその時が近づいてきてるのさ……」
狼のような男が大きな口を歪めてニヤリと笑う。
一切の不安を感じさせない自信に満ちた笑み。
「近いうちお前に……いや全校生徒に見せてやるさ。
"ウィザード"が敗北にまみれる瞬間ってやつをな」
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