2013年3月29日金曜日

あれこれEX

『エムゼロEX』は言うまでもなく、叶恭弘氏による漫画作品『エム×ゼロ』を元にした二次創作作品です。他のあらゆるファンと同じように、僕も原作の打ち切りじみたラストには納得がいかず連載再開を待望したものです。しかし残念なことにそれが叶わないことは99.9%間違いないわけで、エムゼロは今までもこれからも「打ち切られて残念なジャンプ漫画」を語る上で必ず挙げられる一作として残り続けるでしょう。
しかしネット時代のファンにはただ連載終了を嘆き編集部を恨む以外にもう一つできることがあります。自分で続きを夢想し、それを形にして発表することです。 そうすれば同じ原作のファンから反響や感想をもらうことだって出来るのです。
『エムゼロEX』はあくまで無許可の二次創作であり本物の「原作の続編」ではなく、本物は叶氏にしか書けません。 だけどありえたかもしれない無限の可能性の一つとしてこの作品を楽しんでもらえたら、一原作ファンとしてこんなに嬉しいことはありません。

実を言うと『エムゼロEX』は結構以前から(それこそ打ち切り直後から)構想だけはありましたが、長いこと実際に執筆しようとはしませんでした。単純に忙しかったり時間がなかったということもありますし、なかなかちゃんとしたストーリーとしてまとまらなかったという理由もあります。それを去年の初夏に書き始めたきっかけは、実のところ特にありません。あえて言うならようやく頭の中の構想がまともに一本につながり始めたということでしょう。ちなみに題名はエイヤッで適当に決めました。

僕が『EX』で課しているテーマはいくつかあります。 原作のキャラクターを尊重すること。ラブコメや人間関係を進展させること。原作では触れられなかった要素に挑戦すること。原作とは異なる結末を迎えること。
前2つは説明不要でしょう。後ろ2つは要するにやりたいことをやるということです。具体的には三年生をたくさん出すことや、強キャラ同士のガチンコバトルを描くこと、そして原作では曖昧だった設定や聖凪高校の謎について自分なりの答えを出して行きたいとも思っています。
僕が書く以上『EX』は原作よりバトル寄りの作風になります。これはもう不可避でそうなります。現に現在進行形で天下一武道会をやっているわけですけど、まさにこれは僕好みの展開なわけです。 また同時にお話の都合上まとまった数でオリキャラを出しています。オリキャラの登場を望まない人も多いであろうことは承知していますけど、僕が書きたい展開のために彼らは不可欠なのです。
言うまでもなくオリキャラが原作キャラよりも優遇されるようになると二次創作としての魅力が失われます。世の中にはオリジナル主人公が原作キャラを蹂躙していくような二次作品もあるわけですけど、それは僕が書きたいと思うものではありません。
結末についてですが、もちろんネタバレはできませんが、「原作と同じラストを書いてもしょうがない」ということは決まっています。つまり「転校して本当の魔法が使えるようになる」という最終回にはならないということです。またどのヒロインと結ばれるのかということも非常に重要な要素ですが、これについてはまだ何も確かなことは言わないことにしておきます。叶氏の作風だとメインヒロイン(愛花)エンド一択になりますけど、『EX』に関してはそうなるかもしれないしならないかもしれない、としか今は言いません。

それではこれからの『EX』にご期待ください。


あ、それと感想、コメントは何よりも励みになります! 大したことじゃなくても書いてくれたらすっごく喜びますので、良かったらいつでも書いてください(^O^)

エムゼロEX 15

  第十五話 霧中


九澄大賀には夢がある。いつの日か本物のゴールドプレートを手にし、想い人の願いを叶えてあげたいという夢が。その夢のためならどんな困難でも乗り越えてやるという決意を握り締めている。
九澄大賀には秘密がある。秘密ぐらい誰でも持っていて当たり前だが、九澄の場合その秘密の重要レベルが他の高校生の比ではない。バレれば確実に自分はこの学校における籍を失い、記憶も消されて路上に放り出されるだろう。幾人かの巻き添えとともに。

今、その秘密と夢がまとめて散ろうとしていた。

「対象者の記憶、経歴、黒歴史、その他あらゆる個人情報を本人が忘れていることまで含め一切合切ノートに書き記す!!! それがこの魔法 "完全なる人物百科〈ペルソナルペディア〉"!!!」

「な……なんだってーーー!!??」

一体誰が想像しただろう。「最強を決める」という名目で開かれたこの大会に、全く違う目的で参加している者がいたことを。唯一つ、九澄大賀の秘密を暴きたくて参加している者がいたというその事実を。
柊父が顔を歪め机を両手で叩く。その必死の形相に実況女子がたじろぐ。

(なんとかしろ……! なんでもいいからなんとかしろ、九澄!!)

解説担当としての中立性など気にしている場合ではない。九澄の秘密が白日の元に晒されれば、彼もまた失職するのだ。
九澄は全身に力を込めてツタを千切ろうとしながら叫ぶ。

「てめー……最初っからそれが目的だったのか!?」

今や望月のペンはそのオーラが導くままにノートの上を走り始めていた。手でペンを動かしているのではない。ペンのほうが手を引っ張っているのだ。

「うん、まあね。キミの情報はプロテクトが堅くてさ……どうしても知りたいことがわからなかったんだ。だったらこれが一番早くて確実でしょ?」

「そんなこと知ってどうしようってんだ!」

「さあね、後のことなんてそれから考えればいいじゃない。あたしの勘じゃキミの秘密はこの聖凪高校そのものの秘密と密接に関わっている……違う? もしその通りなら、あたしの夢が一歩実現に近づく」

「夢……だと……?」

望月は涼しげに微笑むだけでそれ以上答えようとはしなかった。そのやり取りのさなか、ノートのページが手に触れることなくひとりでにめくられる。一枚のページが埋まってしまったのだろう。もはや九澄には一刻の猶予もなかった。

(クソッタレ……なるべく温存しときたかったが、そうも言ってられねえ……!)

瞬間的に体を脱力し、精神を集中させる。そして大きく吸い込んだ息を吐くと同時に一気に力を込めた。

(エムゼロ、全開だ!!)

一 瞬、九澄の全身がかすかに発光した。その光はペルソナルペディアの対象者を覆うオーラに比べればはるかに微弱だったため、外部の目からは全く捉えることが 出来なかった。だがその直後九澄の体を覆っていた太いツタがみるみる細くなり、同時に望月のペンがピタリと静止する。ペルソナルペディアの自動筆記がス トップしたのだ。望月の目が見開かれる。

「え……?」

九澄が自分を弱々しく縛るツタを引き千切り、望月に向かって突進してくるまではほとんど一瞬だった。スピードが違う、腕力が違う。既に魔法力を使いきった望月に抵抗する手段はなかった。

「おらあっ!!」

九澄は電光石火の早業でノートを奪い、即座に距離を取ってそれを力ずくで破いた。破いたものをまた破き、やがて原型がなくなるまで破いてから一部をポケットに突っ込んだ。九澄は冷や汗をダラダラと流し肩で息をしながら勝ち誇った。

「ハァ……ハァ……。これでお前のくだらねー計画もおじゃんだな……」

望月はぽかんと口を開けながら突っ立っていた。そして大きく溜息をついて顔に手を当てた。

「あらら……失敗かぁ」

「これに懲りたら他人の秘密を暴こうなんてくだらねー事考えるんじゃねーぜ。誰にだって人に言えないことぐらいあるんだからよ」

九澄はキメ顔を作り直し望月をビシっと指差す。動揺の跡など欠片も感じさせない堂々たる態度。こういうのは最後の締めが重要なのだ。ついでにルーシーも誰にも気付かれることなく同じポーズで勝ち誇っていた。九澄以上に誇らしげな顔である。
望月は肩をすくめると、観念したように両手を上げて大きく息をついた。

「ま、しょうがないか。じゃあ降参」

「へ?」

望月のサバサバした態度に九澄は呆気にとられてしまう。あれだけの手間暇をかけてこんなややこしいことした割に諦めが早すぎるように思えた。

「審判さーーん! 聞いてるーー? 今の魔法であたしの魔法力空っぽになっちゃんでーー! ギブアップしまーーーーす!!」

『え……? あ……えっと……決っ着ーーーーく!! 勝者、九澄大賀!!』

観 客全員がポカンとする中、九澄の勝利が公式に宣言された。もはや結果は揺るがない。何もかもが唐突だった。望月がペンとノートを出して何事か書き始め、九 澄がそのノートを奪って破き、そしたら望月が降参した。一体この勝負は何だったのか? あるいは望月の喋った魔法の内容が観客に聞こえていたならもう少し反応が違ったかもしれない。だが実際には結界に阻まれ、魔法名すら観客には聞きとれな かった。つまり一連の出来事の実態は全く伝わっていないのだ。

「……わ、わからん……。彼女は何を企んでいたんだ……?」

目の前の事態が理解できないのはもちろん"二年生最強"永井龍堂も同じだった。何やらとんでもない陰謀が張り巡らされているとまで考えたのは単なる自分の妄想だったのだろうか?

「……あいつは昔から全く意味不明だ……」

永井の隣、伊勢聡史が吐き捨てた。

その頃九澄を応援する女子達も首を傾げていた。

「うーん、なんかよくわからん結果だったな。ま、相手の切り札を一発で破った九澄がスゲーってことかね?」

久美がポリポリと頭を掻く。ミッチョンは顎に手をあててううむと唸っている。

「きっとそうだよ。あの人も二年生代表なんだからきっとすごい魔法だったんだと思うよ」

愛花だけは素直に九澄を称える。実に嬉しそうな笑顔だ。一方観月は無言のまま硬い表情でじっと九澄を見続けていた。
男子勢の反応は現金なものである。

「なんかよくわかんねーけどさっすが九澄! 余裕の勝利だぜ! そのまま優勝しちまえよ九澄ぃー!!」

「うおおおおC組バンザーーーイ!」

伊勢弟が元気よくエールを送り、そこに津川やら堤本やらも加わってC組男子はお祭り騒ぎだった。いつの間にやら「われらが一年C組九澄大賀」「九澄絶対優勝」などという垂れ幕まで広げられている。浮かれた行動には違いないが、C組の団結力と九澄の好感度をよく表していた。

九澄、望月はそれぞれ逆方向の出口に戻って行く。はしゃいで頭上を飛び回るルーシーとクラスメートのどんちゃん騒ぎに苦笑しながら九澄は思案した。

(ふう……なんとか無事妨害できたけどほんとにこれで一件落着だったのか……? 肝心なところがバレてなきゃいいんだけど……本人が失敗って言ってたし、あの様子じゃ大丈夫っぽいかな。一回戦で"切り札"使わずに済んだし、まあ悪くない結果かもな)


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「どうやら失敗したようだな。大口を叩いていた割にはあっけないものだ」

「そう言わないでくださいよ。それなりに収穫はあったんですから」

控え室へと続く廊下、他の誰からも見えない場所で望月は、壁にもたれて立つある男と会話していた。男はメガネをかけた大柄な中年だ。

「収穫……? ほう、なんだそれは」

「それをここで喋ったら面白くないじゃないですか。それに調べなきゃいけないことも出来ましたから、結論を出せるのはしばらくしてからですね」

「……勝手なことを……」

「ま、今日はこの大会の結果を見届けましょうよ。九澄くんならもしかしたら……あなたの教え子を食っちゃうかもしれませんよ、教頭先生」

「ありえん話だ……誰も奴には勝てん。私の"最高傑作"にはな」

教頭先生と呼ばれた男。聖凪高校の重鎮・鏡昭司は無表情のまま眼光を光らせた。


####


『さあ気を取り直して行きましょう第二試合!! 東より執行部の"捕獲人〈スナッチャー〉"滑塚亘!!』

滑塚がゆっくりと歩みを進める。表情は読みづらいがそれはこの男にとっていつものこと。彼はこの一回戦を圧勝し、二回戦で九澄にリベンジすることを誓っていた。

「おおーっ、いつもより頭が光ってるぞ! 奴は本気だ!」「後光が差してるぜ滑塚ーー!」

「うっせえ!!」

級友からの遠慮のないヤジに思わず突っ込む滑塚。

(落ち着け俺……。一回戦は問題じゃねえ、問題なのは次の九澄だ。いまいちよくわからん試合だったが奴はあっさりと勝利した……。それでこそ俺が狙うに相応しい男だ)

滑 塚は大きく深呼吸し、眼の前に現れた対戦者を睨みつける。短身矮躯、悪く言うならチビモヤシ。どう見ても強そうには見えない地味な外見だ。かつては同じク ラスだった滑塚はある程度この相手の力量を把握している。それなりに実力があるのは確かだが自分が負ける相手ではない――それが滑塚の見立てだった。

(秒殺で決めてやる!!)

身構える滑塚に対し、対戦相手は眉間にシワを寄せて睨み返す。闘志が溢れているというよりはむしろ苦虫を噛み潰したような苦い表情だった。

「気に入らねえよなぁ、一年のくせにゴールドプレートだなんてよ……。ズリィんだよなぁ……てめぇら執行部は……」

「はあ?」

「いつもそうだ……。いつもいつもてめぇら執行部ばっかり贔屓されやがってよ……ウゼェんだよてめぇら……マジウゼェんだ……」

男の表情がいよいよ醜く歪みだす。滑塚はそのただならぬ様子に眉をひそめるが、気圧されないためにも強い態度で応じる。

「……執行部に不満があるなら別の機会に言えよ。ここはお前の不満を書き連ねるネットの掲示板じゃねーぞ?」

「ヒヒヒ……ウゼェ……マジウゼェ……」

(こいつこんな変な奴だったか……?)

その悪態といいい表情の醜さといい滑塚の記憶にある元クラスメートとは似ても似つかない。まるで悪霊にでも取り憑かれているかのようだ。

(冗談じゃねえ、こんなのにまともに付き合ってられるか。ムカつくがとっとと終わらせてやる)

滑塚は拳を固く握り静かに息を吸った。

『滑塚亘vs兜天元、始めっ!!!』

合 図が響くのと滑塚が右腕を突き出したのとはほとんど同時だった。滑塚はその場を一歩も動かず空中を「掴む」。途端、5メートル以上離れた位置にいる兜が 「吊り上げ」られた。その顔面には人間の手の跡がくっきり見える。離れた対象物を自在に掴むことのできる滑塚の十八番"魔手〈マジックハンド〉"。ただそ れだけのシンプルな効力ながら、掴まれた側にはどうすることもできない極めて強力な捕縛魔法である。

『おおっと滑塚選手、いきなりのマジックハンドです! しかも禁断の顔面掴み! これは痛い! 早くも勝負あったか―!?』

本来温厚で冷静な滑塚が相手を不必要に傷つけるような魔法を使うことはまずない。だが滑塚の細目からは彼らしくない程の殺気がみなぎっていた。対する兜は無抵抗のままダラリと吊り上がっている。

「おれが『ウゼェ』ならお前は『キメェ』だ……。せめて選ばせてやる。このまま何も出来ず吊られたままか一思いに地面にぶつけられるか、どっちがいい」

滑 塚がいつになく好戦的な姿勢を見せる。本来の彼の性格にはそぐわない乱暴さだが、それだけ目の前の相手の奇妙な態度が気味悪かったのだと言える。だがもし 滑塚が一切の遊びを見せず『秒殺』を決めていたなら――そしてそれは十分に可能なことであった――その後の展開は違っていたはずだった。

「ヒヒヒ……ククク……ハッハッハ!」

掴まれ吊り上げられたままの兜が笑う。腹の底から、おかしくてたまらないという風に。

「何がおかしい!」

「てめぇの単細胞ぶりが、さ」

その時だった。爆発のような轟音と突風が滑塚を襲ったのは。滑塚はとっさに顔面をカバーするが、体ごと吹き飛ばされ十数メートル後方に転がる。即座に起き上がった滑塚が見たものは、黒い炎のような不気味なオーラに包まれ空中で静止する兜の姿だった。

「な……なんだこいつは……!?」

滑塚の背中を冷たい汗が流れる。単に自分の得意魔法を振りほどかれたというだけではない。目の前で起きている現象は三年生執行部員である自分でさえ全く見たことがない異常なものなのだ。

「サイコーの気分だ……! 力が溢れてくる……! 俺はお前ら以上の力を手に入れたんだ……!!」

「なんだと……?」

黒い炎が徐々に収縮し、兜の本体を守るように固体に形成されていく。その姿はまるで腹の中に人間を住まわせるドクロの魔人。奇々怪々なる死の運び屋。観客が一斉にざわめき出す。

「お、おい……あいつあんな魔法使えたのか?」

「知らねーよ! 見たことねーし!」

「それよりなんて不気味な姿だ……絶対にあんなのとやり合いたくねーぜ」

そんな中、伊勢兄は隣の永井に疑問を投げかけた。

「おいありゃあ……お前のロッキーと同じ魔法じゃねえのか?」

「いや、似ているが違う……。あんな魔法は知らない……」

永井は青ざめた顔で首を横に振り、自分のバンダナを手で押さえる。

「震えている……」

「震えてる? 誰がだ?」

「ロッキーが震えているんだ!」

伊勢は永井が冗談を言っているのかと思った。

2013年3月22日金曜日

エムゼロEX 14

ここは魔法空間内部に作られた聖凪杯特別会場。中心に位置する闘技場には大きな魔法陣が描かれている。それは外部からの干渉を防ぐと共に観客を守る結界を作るためのものだ。同時にその結界の中において通常より濃い魔法磁場を生むことで、後腐れのない全力の勝負を演出するための仕掛けでもあった。

「あっ、尚っち! ねえねえ尚っちも一緒に見ようよー!」

観客席をウロウロしていた愛花は、親友が一人で座っているのを発見し元気に声をかけた。もうすぐ始まるスペシャルイベントの開始に向け聖凪高校のほぼ全生徒が会場のあちこちに散っている。愛花は久美やミッチョンと共に九澄応援のための一番見やすい席を探していたところだった。

「あ……愛花」

こちらに気付いた観月だったが、その表情は冴えない。最近観月と顔を会わせていなかった愛花は首をかしげる。

「どーしたの尚っち、元気ないね」

「んーん、そんなことないよ、気にしないで。みんなで九澄の応援?」

「うん! ね、みんなで一緒に応援しよ?」

観月は微妙な笑顔を作り遠慮がちに頷いて同意を示した。愛花はその様子を見てやっぱり何かあると思ったが、すぐには突っ込まずニコニコしながら観月の隣に腰掛けた。 悩みがあるならじっくり聞いてあげればいいのだ。久美、ミッチョンも順番に腰を下ろす。開会式開始までもうあとほんのわずかだ。

聖凪高校の歴史は半世紀を超える。その長い歴史の中で過去に数度、ある好奇心が答えを得たことがある。「最強の魔法使いは誰なのか」――それは魔法に青春を捧げ魔法に情熱を費やした若者達にとって、ある意味では当然の疑問だ。その観点から見れば最強を決める大会が開かれること自体は何ら驚くべきことではない。ただし頭の硬い教師陣を説得し、ルールや安全対策を整え大会を実行に移すことは、社会経験の乏しい高校生にとって決して易しい事業ではなかった。故に過去何度も企画倒れに終わってきたというのが実情なのだ。

『じゃあなんで今回はこうすんなり実現したんでしょうか?』

マイク越しに利発そうな女子生徒が問いを投げかける。実況担当である彼女に答えるのは他ならぬ聖凪高校魔法主任、柊賢二郎。鋭い目がどっしりと構えていて何やら妙な迫力がある。

『それだけ皆が知りたがっているということだろう。稀代の天才と謳われる夏目琉や、怪物一年生と呼ばれる異色の新星九澄大賀……。あるいは他にも我こそは と思う者がいることだろう。22年前、俺や幾人かの生徒が"誰が一番強いのか"という話題の中心となってバトル大会による決着を必要としたように、今年も同じことが起こったのだ。それだけの人材が集まったということだろう』

その他に要因があるとすれば、教頭をはじめ普段はこうしたイベントにいい顔をしない教師達がなぜか賛成に回ったことだ。しかし柊父はどう説明したらいいのかわからなかったので言及しなかった。

『なるほど……。確かに今大会のレベルは過去のどの時代においても実現し得なかったかもしれないという声もありますしね』

『それが正しいかどうかは今日明らかになるだろう。まあそうは言っても俺より強い奴はいないだろうがな』

実況の女子は「アンタ教師だろ」というツッコミをグッと飲み込んで前を向き直した。

『……さあっ! 時間がやって参りました! みなさん盛大な拍手でお迎えください!!』

会場のボルテージが一気に上がる。中央に描かれた魔法陣、そこに7つの黒い穴が空いた。

 

 
    『全選手入場!!!!!!』

 

 
穴の一つ一つから次々と人間が現れる。魔法大会ならではの演出である。

『一年生にして黄金のプレート!! 先輩共よ俺にひれ伏せ!! 怪物一年生、九澄大賀!!!』

一番手に入場した九澄の拳は固く握られ、その内側からは汗がじんわりとにじんでいる。九澄は周囲の観客たちを軽く見渡しつばを飲み込んだ。三年生からの反応は静かなものだったが一年生からの声援は絶大だ。

『肩書きは生徒会長、そして今日は聖凪のジャンヌ・ダルクだ!! 二年生代表望月悠理!!!』

実質的な主催者の1人でもある彼女に緊張の色は一切感じられない。涼しい顔で手を振ってオーディエンスにアピールしている。

『執行部のプライドは絶対譲らん!! 誇り高き捕獲人〈スナッチャー〉滑塚亘!!!』

腕を組んで仁王立ちする滑塚の風格はかなりのものだ。毎朝磨いているという噂もある自慢のデコがキラリと光る。

『ダークホースとは呼ばせない!! エリートどもの仮面を剥いでみせよう兜天元!!!』

女子ほどの小柄な体格に健康が心配になるほどの痩せ身の男。およそ闘争には似つかわしくない非体育会系の容姿ながら眼光はギラギラと輝いている。

『ウィザードの首は俺が獲る!! 誰にも邪魔はさせない!! 鉄腕の新宮一真!!!』

素手の格闘なら間違いなく絶対的本命になる男。ただ立っているだけで闘志と闘力の充実ぶりが客席にまで伝わる。

『マジックワングランプリ優勝者が二冠を狙う!! 完全王者は我の手に!! 幻影〈ファントム〉・浅沼耀司!!!』

にこやかに振る舞い自然体で立つ。全参加者中最もリラックスしているようにも見受けられる長身の青年の自信の礎はいかばかりか。

『さあいよいよ登場です!! 生ける伝説の力量がついにベールを脱ぐ!! 執行部部長・大魔術師〈ウィザード〉・夏目琉!!!』

三年生から上る一際大きな歓声に両手を上げて答える"稀代の天才"。その伝説の浸透ぶりは尋常では無いのだ。もちろん同じ校舎で一年間を共にした二年生にも彼の名声は轟いている。

『並び立ちました聖凪最高の7人! この7人が今日ここで最強の座をかけて争います! 皆様どうかその目でこの一大カーニバルを目撃してください!』

再び大きな歓声が巻き起こった。

「なあ、なんでトーナメントなのに7人なんだ? 普通8人にするだろ?」

観客席では伊勢兄が永井に疑問を投げかけていた。

「夏目部長はシード選手なんだ。あの人は一回戦を戦わない」

「なるほどな……。まあ確かにそれ相応のレベルではあるけどよ」

伊勢の脳裏に、かつて夏目によってあっさりとねじ伏せられた屈辱が蘇る。執行部に入ったばかりの頃に調子に乗って勝負を挑んだ時の話だ。それまでに上級生との魔法バトルに勝った経験があることもあって己の力量を過信していた伊勢は、あの時初めて完全なる敗北の味というものを知ったのだ。

「やっぱ本命はあの人か、永井」

「揺るがないな。望月が何を企んでいたとしても一対一ではどうにもならないだろうし、他の三年生だって部長と比べるのは可哀想だ。あえて言うなら……やはり九澄が鍵だろう」

「やれやれ、あの小僧も高く買われたもんだ。俺は奴とのケリが付いたとは思ってねーがな」

あの時、あの九澄とのバトルの時は気分が萎えたこともあって自分から勝負を放棄したが、以来伊勢は打倒九澄を常に頭の隅に置いてきた。絶対に勝てない相手だ とは思っていない。九澄はもはや上積みのないゴールドプレート。対して自分にはまだまだレベルアップの余地があるはずだ。

「フ……その負けん気の強さは尊敬するよ」

永井が嬉しそうに頬を緩めた。

「ねえねえ、あの二人えらく打ち解けてんじゃない?」

並んで立つ伊勢と永井の様子を見て、執行部副支部長の宇和井玲が部員の沼田ハルカに耳打ちした。春の一件以来伊勢と永井の対立そのものは終わっているが、 昔のように友人に戻ったわけではないことを知っている彼らからするとちょっと驚くべき光景だ。あの雰囲気じゃ学校帰りに二人でハンバーガーショップに寄っていてもおかしくないんじゃないかという風に見える。

「きっと色々あったんだよ」

ハルカは目を細めながら二年生最強コンビを眺める。宇和井の目にはその表情が心なしか恍惚としているかのように映った。

「美少年同士の対立と和解……いいわぁ……」

宇和井は親友の危ない目つきにちょっと引いた。


####


九澄の出番はいきなりやってくる。一回戦第一試合。ただしその前に会場では前座として軽音部のバンド演奏(魔法によるロックフェスばりの演出付き)が行われていた。

「本当に大丈夫なんだろうな、九澄」

試合直前の控え室で柔軟体操をする九澄に対し柊父が疑問の声を投げかける。柊父にしてみれば九澄の優勝など望むべくもない。それよりいかに惜しい戦いを演出してさっさと敗退するか、それが重要だった。ちなみに今この部屋には彼ら二人を除いて人間は誰もいない。(マンドレイクならいるが)

「たとえ無様に破れても、俺が解説者として舌を尽くしてお前の株がなるべく下がらんようにはする。だがそれも負け方次第だ。なんとか言い訳の通用する程度の散りっぷりを見せてもらいたいもんだな」

「大賀は負けないもん!」

「ったく、相変わらず信用ねーな、俺」

九澄が背筋をストレッチしながらぼやく。その表情から奇妙な余裕と自信が感じられて柊父は戸惑う。先日もそうだった。いったいこの男は何を考えているのだろう?

「ま、なるようになるってこった」

九澄は歯を見せて笑う。控え室のドアがノックされる。時間が来た。

「行こうぜ、ルーシー」

「うん!」

ルーシーが九澄の方に乗り、姿を消す。これで九澄以外の人間には誰も彼女を視認できなくなる。試合においてある意味きわめて有用な魔法アイテムとして機能することだろう。ただし彼女の助力がある程度で勝てるものなのか、はなはだ疑わしいというのが柊父の見立てではあったが。

 

####


『さあそれではいよいよ試合が始まります! 西より入場者九澄大賀!』

九澄が会場に姿を現す。観客席の一年生の集まる一帯からひときわ大きな歓声が上がる。

「九澄ーーー!! ぶっとばせーーー!!!」

「九澄君頑張ってねーーー!!」

九澄は彼らの方には振り向かず拳を固く握りながら歩みを進める。間近で観察しているルーシーには九澄の動きの違和感がはっきりと感じられた。

「ねえ大賀……ひょっとして緊張してる?」

「あー……ま、一応な。相手だって得体が知れねーしな……」

九澄はまっすぐ正面を見据える。相手の顔からは一切の緊張は感じとれない。まさに余裕のたたずまいだ。

「お手柔らかにね。九澄大賀君」

彼女が握手を求め、九澄はそれに応じた。

(女子の手ってつくづくちっせーし細いし柔らかいよなー)とどうでもいいことが九澄の頭に浮かぶ。しかし一切の油断は出来ない。ある意味ではこれほど動きの読めない相手は他にいないのだから。彼女が三年生でないことなど、そもそも魔法を使えない九澄にとってなんの慰めになろうか?

 

『一回戦第一試合、九澄大賀vs望月悠理、始めっ!!!』

九澄は合図と同時に腰を落とし臨戦態勢に入った。その鋭い凶悪な眼光(ガンタレとも言う)は並のヤンキー程度なら即座に臆してしまうだろう。もっとも、目の前の相手がこれでビビるとは微塵も思っていなかったが。

「ふーん、すぐに飛びかかってくると思ったけどそうでもないんだね。それじゃああたしから行こうかな」

望月がゆっくりと右手を九澄に向ける。女子高生らしくよくケアされた手の平がピンと広げられ、本人の目が怪しく光る。その時だった。九澄が無造作に腕を振ったのは。

ステン。

まさにそうとしか形容の出来ない「コケ」。望月は肩口から地面にぶつかり目を白黒させた。九澄はただ数メートル前方で腕を振っただけ。一見すると何の魔法も発動したようには見えない。だが望月は間違いなく何かに「足を取られた」。観客はまだ静かだ。九澄が何をやったのか気づいている者はいない。というか九澄にとってはそんなやつがいてくれては大問題なのだが。

望月が九澄の動きを監視しながらゆっくりと立ち上がる。汚れのついた肩を払い「ふむ」と口を真一文字に結ぶ。先ほどまでの笑顔はない。

ストン。

またしてもだった。望月は全く無抵抗のままその場で転んだ。今度は尻が地面とキスをする。観客席のそこかしこからクスクスと笑いが漏れるが、皆もう気付いていた。九澄は確実に「何か」をやっている。

「おめー、降参するなら今のうちだぜ」

九澄が望月を見下ろす。あえて言うなら、そう、ゴミを見るような目で。九澄大賀はサディストではない。しかしハッタリを効かせるためにはそのように振る舞わねばならない時があることを彼はよく知っている。相手の手の内が全くわからない時、ダメージを受けずとも何度も転ばされたりすれば必ずいくばくかの恐怖心が芽生える。そこに重苦しいプレッシャーをかければ少なくとも平静ではいられないはずだ。相手のメンタルを乱すこと、それは九澄にとって勝利の第一方程式である。

(さっすが大賀、演技力抜群ね!)

マンドレイクの美少女が望月のかたわらでほくそ笑む。懸命なる読者諸氏はもうお気付きだろう。彼女ルーシーこそが望月を転倒させた犯人である。着せ替え人形ぐらいのサイズしかないルーシーとはいえ、普通に突っ立っているだけの細身の女子高生を転ばせることなど雑作もない。何せ相手はこちらのことなど全く見えていないのだから。うまくいけばこのままコロコロ転がしまくっているだけで勝手に戦意喪失してギブアップしてくれるのではないか。そんな風にルーシーは楽観していた。

「ふー、やっぱり簡単にはいかないか」

望月は地面にペタンと座り込んだまま自重気味に笑う。九澄は微塵も警戒を解いていない。先日のことだ。支部長の永井から彼女には気を付けろと入念に忠告された。魔法力はそれほどでもないはずだが、どんな手を隠しているかは一切わからないと。それを聞いている以上この程度の優勢では少しも気を緩められるはずがない。

「ま、あたしとしても本番で遊んでられるとは思ってなかったけどさ。でも……失敗したよ、九澄君。あたしの仕掛けに気付いてなかったでしょ」

「仕掛け……?」

九澄が眉をひそめる。

「うん、足元」

途端九澄の足元で何かが膨れ上がる。それは九澄が反応するより早く足をとらえ一瞬にして両脚に巻き付き、更に胴体と腕までもを封じた。

「……! こいつは……!」

緑色のツタのような植物。それが九澄を何重にも縛り動きを完璧に封じてみせる。観客席からオオーッという声が上がる一方でルーシーが顔色を失う。

「なんてことはない、ただの魔力の影響で強化されたツタなんだけどね。その種をこっそり君の足元に飛ばしておいたんだ。ほら最初に右手を君に向けたでしょ? あの時左手でこう、指を弾いて飛ばしたの。ま、初歩的な手品だよね」

この手の魔法植物の種子は聖凪高校の敷地内ならさほど苦労なく手に入る。それを九澄の足元に飛ばしたのもごく単純なトリックだ。九澄は自分がやるべきことを逆にやられたという事実に驚くしかなかった。

「さて……あたしとしては無駄な魔法力は一ミリも使いたくないからさ。すぐに始めさせてもらうよ、あたしの切り札……」

「ぐ……!」

九澄は全身に力を込めるが、ツタは地面にしっかりと根を張りピクリとも動かない。ある実験によれば大型トラックを釣り上げることも出来ると言われている魔法植物だ。人間の力でどうこうできるはずもない。もちろんルーシーの助力程度ではどうしようもないことはわかりきっていた。

(どどど、どーしよう? 大賀がやられちゃう!)

パニクるルーシーの横で望月は懐からペンと分厚いノートを取り出した。一見すると魔法アイテムのたぐいには全く見えないそれらの道具は、実は本当に単なる筆記用具である。駅前のタジマ文具で購入、計420円。だがそれらは明らかに望月の魔力を帯びていた。

「この魔法はやたらめったら条件が厳しくてさ……。発動中に相手に動かれたらダメだとか、魔法の効果をちゃんと相手に説明しないといけないとか、面倒な制約が多いんだよね。その上魔法力の消費量もあたしの手には余るほど大きい……。だからあたしは考えたの。こういう大会を開いて、普通より強力な魔法磁場の中で試合を行うことにすれば魔法力の問題は一気に解決するんじゃないかなあ……って」

(な……何言ってんだこいつ……?)

それはまるでこの大会自体が「この瞬間」のために仕組まれたかのような発言だった。教師達と交渉し出場メンバーを集めあらゆる面倒事を引き受けたのは、生徒会長にして大会主催者である目の前の彼女。その目的がつまるところたった一つ、強い魔法磁場のもとで九澄と正対し何らかの魔法を仕掛けることだというのか。

『ええっと、どうやら両選手何事かしゃべっているようですが、いかんせん結界の内側、もう少し大きな声で話してくれないとよく聞こえませんね。それにしても望月選手、あのペンとノートで何をするつもりなんでしょうか?』

実況担当を含め観戦者は皆戸惑っていた。その困惑は解説席の柊父にとっても同様だ。あの魔法がなんなのか、喉まで出かかっているのに思い出せない。

「じゃあいくよ……。といってもちっとも痛くないから心配しないでね」

ペンとノートを包んでいたオーラが更に巨大化しきらめく。その魔法を知っている者は観客席の生徒達には皆無だった。決して生徒に教えるような代物ではないタチの悪い魔法。柊父はようやくその正体に思い当たり青ざめる。

(冗談ではない……! ボロボロに負けるぐらいならまだマシだ。こいつは正真正銘最悪の魔法じゃないか!!)

ペンを包んでいるのと同じ色のオーラが九澄を覆い、望月の唇が妖しく動く。

「対象者の記憶、経歴、黒歴史、その他あらゆる個人情報を本人が忘れていることまで含め一切合切ノートに書き記す!!! それがこの魔法 "完全なる人物百科〈ペルソナルペディア〉"!!!」

「な……なんだってーーー!!??」

九澄は両目が飛び出さんばかりに驚愕した。